大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和56年(ワ)4078号 判決

原告

村山厚

ほか一名

被告

株式会社グリーンキャブ

ほか二名

主文

一  第一事件被告安斎幸吉は、第一事件原告村山厚に対し金一〇九万五七六九円、同原告株式会社グリーンキヤブに対し金三八万〇六〇〇円、及び右各金員に対する昭和五六年五月三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  第一事件被告安斎イトヨは、第一事件原告村山厚に対し金五四万七八八四円、同原告株式会社グリーンキヤブに対し金三八万〇六〇〇円、及び右各金員に対する昭和五六年五月三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  第三事件被告株式会社グリーンキヤブ及び同被告安斎幸吉は各自、第三事件原告市川一義に対し、金五〇七万五四六二円及び右金員に対する昭和五五年一月一九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  第一事件原告村山厚及び同原告株式会社グリーンキヤブのその余の請求をいずれも棄却する。

五  第二事件原告安斎幸吉及び同安斎イトヨの請求をいずれも棄却する。

六  第三事件原告市川一義のその余の請求を棄却する。

七  訴訟費用は、第一事件原告村山厚及び同原告(第二事件被告)株式会社グリーンキヤブと第一事件被告(第二事件原告)安斎幸吉及び同安斎イトヨとの間においては全部同被告ら(第一事件被告ら)の負担とし、第三事件原告市川一義と第三事件被告株式会社グリーンキヤブ及び同被告安斎幸吉との間においては全部同被告ら(第三事件被告ら)の負担とする。

八  この判決は、一ないし三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(第一事件)

一  請求の趣旨

1 被告安斎幸吉は、原告村山厚に対し金一七五万八六七四円、原告株式会社グリーンキヤブに対し金四二万四〇〇〇円、及び右各金員に対する昭和五六年五月三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告安斎イトヨは、原告村山厚に対し金八七万九三三七円、原告株式会社グリーンキヤブに対し金四二万四〇〇〇円、及び右各金員に対する昭和五六年五月三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は右被告らの負担とする。

4 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 右原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は右原告らの負担とする。

(第二事件)

一  請求の趣旨

1 被告株式会社グリーンキヤブは原告安斎幸吉に対し、金一三六七万六一二〇円及び内金一三一七万六一二〇円に対する昭和五五年一月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告株式会社グリーンキヤブは原告安斎イトヨに対し、金一三一七万六一二〇円及び内金一二六七万六一二〇円に対する昭和五五年一月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は右被告の負担とする。

4 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 右原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は右原告らの負担とする。

(第三事件)

一  請求の趣旨

1 被告株式会社グリーンキヤブ及び被告安斎幸吉は各自、原告市川一義に対し、金六五一万七一八〇円及び右金員に対する昭和五五年一月一九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は右被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 右原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は右原告の負担とする。

第二当事者の主張

(第一事件)

一  請求の原因

1 事故の発生

(一) 日時 昭和五五年一月一九日午前二時五分ころ

(二) 場所 東京都世田谷区船橋二丁目七番三号先の信号機の設置されている環状八号線船橋交差点(以下、本件交差点という)

(三) 加害車両 訴外亡安斎隆視(以下、亡隆視という)運転の自家用普通乗用車(福島五七そ二七八〇号、以下、安斎車という)

(四) 被害車両 原告村山厚(以下、原告村山という)運転、第三事件原告市川一義(以下、原告市川という)同乗の営業用普通乗用車(品川五五え二〇一三号、以下、村山車という)

(五) 態様 千歳船橋方面から廻沢方面に向かつて千歳通りを進行中の村山車と環状八号線を高井戸方面から瀬田方面に向かつて進行中の安斎車が本件交差点内で出合頭に衝突した(以下、本件事故という)。

2 責任原因

(一) 第一事件被告、第二事件原告安斎幸吉(以下、単に原告幸吉という)

(1) 原告幸吉は、安斎車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という)三条により損害賠償責任を負う。

(2) 本件事故は亡隆視の赤信号無視及び速度違反により生じたものであり、同人は民法七〇九条により損害賠償責任を負うところ、原告幸吉は亡隆視の父として、同人の損害賠償債務の二分の一を相続により承継した。

(二) 第一事件被告、第二事件原告安斎イトヨ(以下、単に原告イトヨという)

原告イトヨは亡隆視の母として、同人の右損害賠償債務の二分の一を相続により承継した。

3 権利侵害

(一) 原告村山

原告村山は、本件事故のため全身挫傷、頭部外傷(意識障害を伴う)及び頸部捻挫の傷害を受け、第三北品川病院に昭和五五年一月一九日から二月一八日まで三一日間入院し、同月二三日から同年六月二八日まで一三一日間(実数二九日)通院して治療を受けたが、同年六月二八日症状が固定し、自賠責保険の後遺障害等級一四級に該当する左前腕部及び左前膝部知覚障害が残つた。

(二) 原告株式会社グリーンキヤブ(以下、原告会社という)原告会社の所有する村山車は、本件事故のため大破して修理不能の全損状態となつた。

4 損害

(一) 原告村山

(1) 入院治療費 金一〇三万三八三六円

(2) 通院治療費 金一一万八八〇八円

(3) 妻の付添看護費 金六万三〇〇〇円

(一日あたり金三〇〇〇円)

(4) 入院雑費 金二万四八〇〇円

(一日あたり金八〇〇円)

(5) 通院交通費 金三万一七二〇円

(6) 休業損害 金一〇三万三七三六円

原告村山は、タクシー運転手として原告会社に勤務し、一日平均金一万一二三六・二七円の賃金を得ていたが、本件事故のため、昭和五五年一月二〇日から四月二〇日まで九二日間休業せざるを得なかつた。

(7) 後遺障害による逸失利益 金三八万一六二〇円

右平均賃金の五パーセントを二年間喪失した(ホフマン係数一・八六一)。

(8) 傷害慰藉料 金八三万円

(9) 後遺障害慰藉料 金七五万円

(10) 損害のてん補 金二六六万八八四六円(自賠責後遺障害等級一四級の保険金を含む)

(11) 弁護士費用 金一六万円

(12) 合計 金一七五万八六七四円

(1)ないし(9)及び(11)の合計額から(10)の金額を控除。

(二) 原告会社

(1) 車両損害 金五二万円

取得価格金一四四万八〇〇〇円に定率法による残存率係数〇・三五九を乗じた価額。

(2) 休車損害 金二四万八〇〇〇円

タクシー一台あたりの一日の純益金八〇〇〇円に休車期間三一日を乗じた価額。

(3) 弁護士費用 金八万円

(4) 合計 金八四万八〇〇〇円

5 よつて、原告村山及び原告会社は、原告幸吉及び原告イトヨに対し、それぞれ請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

二 請求の原因に対する認否

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2(一)(1)のうち、原告幸吉が安斎車の運行供用者であることは認める。同2(一)(2)及び2(二)のうち、原告幸吉及び同イトヨが亡隆視の父母であることは認めるが、亡隆視の赤信号無視及び速度違反の事実は否認する。本件事故は、村山車の赤信号無視及び速度違反により生じたものである。

3 同3の事実はいずれも不知。

4 同4のうち、(10)損害のてん補の事実は認め、その余の事実はいずれも不知。

三 抗弁

1 免責

(一) 亡隆視は青信号に従つて本件交差点に進入したものであり、同人には過失がない。

(二) 原告村山は、赤信号を無視し、制限速度が四〇キロメートルのところを時速五〇キロメートル以上の速度で本件交差点に進入したものであり、本件事故は同人の過失により生じた。

(三) 安斎車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつた。

2 過失相殺

仮に亡隆視に過失があるとしても、原告村山には右(二)の過失があるから、過失相殺をすべきである。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1(一)、(二)の事実は否認する。亡隆視が赤信号を無視して本件交差点に進入したことについては目撃者が二人おり、また、村山車が青信号で本件交差点に進入したことについては村山車のタコグラフの解析結果により裏付けられる。

2 仮に村山車が事故当時、時速四九キロメートル(タコグラフの解析結果)で走行していたとしても、安斎車が赤信号を無視して進入したため事故が発生したものであるから、信頼の原則から毎時九キロメートル程度の速度違反は何ら過失たり得ないし、事故発生との相当因果関係もない。

(第二事件)

一  請求の原因

1 事故の発生

第一事件請求の原因1記載のとおり。

2 責任原因

(一) 原告会社は、村山車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により損害賠償責任を負う。

(二) 本件事故は、原告会社の従業員である原告村山が原告会社の事業執行中、赤信号無視及び速度違反によりひき起こしたものであるから、原告会社は民法七一五条により損害賠償責任を負う。

3 権利侵害

本件事故により亡隆視が即死し、原告幸吉所有の安斎車が大破した。

4 損害

(一) 亡隆視の逸失利益 金二九三五万二二四一円

(1) 基礎収入 亡隆視は事故当時大学一年生(一九歳)であり、昭和五四年賃金センサス男子新大卒の平均賃金である金三八二万三四〇〇円

(2) 生活費控除 五割

(3) 稼働可能期間 二二歳から六七歳まで四五年間

(4) ライプニツツ係数 一五・三五四

(5) 計算式 3,823,400×(1-0.5)×15.354=29,352,241

(二) 亡隆視の慰藉料 金一〇〇〇万円

(三) 損害のてん補 金一四〇〇万円(自賠責保険金)

(四) 相続

原告幸吉及び同イトヨは亡隆視の父母として同人の有する損害賠償請求権を相続により二分の一ずつ承継した。

(五) 車両損害 金五〇万円(原告幸吉の損害)

(六) 弁護士費用 金一〇〇万円(各金五〇万円)

(七) 請求額

原告幸吉は金一三六七万六一二〇円、同イトヨは金一三一七万六一二〇円となる。

5 よつて、原告幸吉及び同イトヨは原告会社に対し、それぞれ請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因1の事実は認める。

2(一) 同2(一)の原告会社が村山車の運行供用者であることは認める。

(二) 同2(二)のうち、本件事故が原告会社の従業員である原告村山が原告会社の事業執行中に発生したものであることは認めるが、原告村山の赤信号無視の事実は否認する。本件事故は安斎車の赤信号無視及び速度違反により生じたものであり、原告村山に過失はない。

3 同3の事実は認める。

4 同4のうち、(三)損害のてん補の事実、原告幸吉及び同イトヨが亡隆視の父母であることは認め、その余の事実はいずれも不知。

三  抗弁

1 免責

(一) 原告村山は青信号に従つて本件交差点に進入したものであり、同人には過失がない。

(二) 亡隆視は、赤信号を無視し、制限速度(四〇キロメートル)を大幅に上回る時速八〇キロメートル以上の速度で本件交差点に進入したものであり、本件事故は同人の過失により生じた。

(三) 村山車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつた。

2 過失相殺

仮に原告村山に過失があるとしても、亡隆視には右(二)の過失があるから、過失相殺をすべきである。

四  抗弁に対する認否

第一事件抗弁1(一)、(二)記載のとおり。

(第三事件)

一  請求の原因

1 事故の発生

第一事件請求の原因1記載のとおり。

2 責任原因

(一) 原告会社

原告会社は、村山車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により損害賠償責任を負う。

(二) 原告幸吉

原告幸吉は、安斎車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により損害賠償責任を負う。

3 権利侵害

(一) 原告市川は、本件事故により、頭部外傷、顔面挫創、頸椎第六、七骨折、頸捻挫、前胸部、右肩部、右下肢部打撲挫傷等の傷害を受け、昭和五五年一月一九日から同年二月二三日まで三六日間下田病院に入院し、その後同年八月末日まで同病院及び東京医科大学病院等に通院して治療を受けた。

(二) 原告市川は、本件事故による後遺障害として、顔面瘢痕(右前額、右上眼瞼、右眉毛に線状瘢痕)及び左上肢の知覚異常等(自賠責後遺障害等級一一級に該当)が残つた。

(三) 右後遺障害認定後も、形成手術のため入院して治療を受けた。

4 損害

(一) 治療費 金一三〇万二八一二円

(1) 既てん補分 金一二〇万七二八五円

(2) 未てん補分 金九万五五二七円

(二) 交通費

(1) 昭和五五年一月一九日から同年八月末日まで 金一九万二二九〇円

(2) 同年九月一日以降 金一一万〇二一〇円

(三) 雑費

(1) 入院雑費 金一万八〇〇〇円(一日あたり金五〇〇円)

(2) 入院必要品購入費 金九万一一一九円

(3) 医師、看護婦への謝礼 金五万四一二八円

(四) 妻の付添看護婦費 金一〇万八〇〇〇円(一日あたり金三〇〇〇円)

原告市川が下田病院に入院した三六日間、同人の妻が医師の指示により付添看護をした。

(五) 休業損害 金四一〇万八九五〇円

原告市川は、事故当時の収入は月額金三〇万六二五〇円であり、必要経費三割を控除した一日あたり金七一四六円の収入を得ていたものであるが、本件事故のため昭和五五年一月一九日から五六年七月三〇日までの五七五日間就労不能の状態であつた。

(六) 後遺障害による逸失利益 金七六六万五〇二一円

(1) 二八年間にわたり収入の二割を喪失

(2) 計算式 306,250×(1-0.3)×12×0.2×14.898=7,665,021

(七) 慰藉料

(1) 入通院分 金一七二万五〇〇〇円

(2) 後遺障害分 金一七二万六八六〇円

(八) 弁償金

原告市川は、本件事故当時、三船プロダクシヨン製作、テレビ朝日放映の土曜ワイド劇場を製作中であつたが、本件事故のため就労することができず、代人を依頼せざるを得なかつたが、その者に支払つた金三〇万円が損害となる。

(九) 損害のてん補 金一〇八八万五二一五円(前記治療費金一二〇万七二八五円及び自賠責後遺障害等級一一級の保険金を含む)

(一〇) 請求額 金六五一万七一八〇円

前記(一)ないし(八)の合計額から(九)の金額を控除。

5 よつて、原告市川は、原告会社及び原告幸吉に対し、請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実は不知。ただし、自賠責保険において、一一級の後遺障害の認定がなされたことは認める。

4 同4のうち、(九)損害のてん補の事実は認め、その余の事実は不知。

三  抗弁

1 原告会社

第二事件抗弁1(免責)記載のとおり。

2 原告幸吉

第一事件抗弁1(免責)記載のとおり。

四  抗弁に対する認否

免責の主張は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故発生の事実(第一、二、三事件請求の原因1)、原告会社が村山車の運行供用者であること、原告幸吉が安斎車の運行供用者であること、原告幸吉及び同イトヨが亡隆視の父母であることはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、亡隆視ないし原告村山の過失の有無、特に赤信号無視の点について検討するが、本件は一方当事者(亡隆視)死亡の、いわゆる死人に口なしの事案であるので、できる限り客観的な証拠に基づき事実認定をする必要がある。

1(一)  第一に、甲第五号証(村山車のタコグラフ)、甲第六号証(信号サイクル調査回答)及び鑑定人等々力敏夫の鑑定(以下、等々力鑑定という)によれば、村山車は、千歳船橋方面から廻沢方面に向かつて千歳通りを進行し、本件交差点(環八船橋交差点)の二つ手前の船橋一丁目交差点付近を時速約四〇キロメートルで通過し、一旦時速約六〇キロメートルに加速した後多少減速し、本件交差点の一つ手前の船橋町交差点付近を時速約五二キロメートルで通過し、本件衝突時の最終速度は時速約四九キロメートルであつたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

(二)  乙第一七号証の一、二及び原告市川本人尋問の結果によれば、村山車の乗客である原告市川は、前記船橋町交差点の手前五〇ないし七〇メートルの地点で同信号が青であることを確認したことが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

(三)  右(一)、(二)の事実と原告村山本人尋問の結果を総合すると、村山車は青信号に従い前記船橋町交差点に進入したものと認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(四)  前掲甲第六号証によれば、村山車の進行してきた千歳通りの交差点の各信号の関連性、サイクル及びスプリツトは別紙のとおりであることが認められる。

これによれば、前記船橋町交差点及び本件交差点の信号表示は連動しており、船橋町交差点の信号が青を表示している六一秒間についてみると、本件交差点の信号表示は、青が三八秒、黄が四秒、赤が一九秒である。そして、村山車が船橋町交差点に青信号で進入したことは前記認定のとおりであり、右信号機の位置から本件事故地点まで村山車が約三・五秒かかつて走行した(このことは、等々力鑑定により認める)ことを考慮すると、村山車が本件交差点に進入したときの対面信号が青を表示していた蓋然性は相当高く、逆に赤を表示していた蓋然性は低いといわざるを得ない。なお、原告村山は、自ら走行実験をしたところ、船橋町交差点に青信号で進入できたときは必ず本件交差点に青信号で進入できた旨供述するが、仮に走行実験時にそうであつたとしても、本件事故時の信号を推定する証拠とはならない。

2  次に、亡隆視の赤信号無視の事実を裏づけるように思われる証拠として、証人矢萩尊(以下、矢萩という)の証言、原告村山本人尋問の結果、甲第二号証の四ないし六があるので、これらについて検討する。

(一)  前掲甲第二号証の五、六及び証人矢萩の証言によれば、タクシー運転手である矢萩及び富田秀穂(以下、富田という)は、環状八号線を亡隆視とは逆に瀬田方面から高井戸方面に向かつてそれぞれ進行し、本件交差点手前で黄信号から赤信号に変るところ停止線の手前で停止し、数秒後に安斎車が高井戸方面から瀬田方面に向かつて高速度(甲第二号証の七及び第七号証を総合すると時速約八〇キロメートルと推認することができる)で走行して来て赤信号を無視して本件交差点に進入したのを目撃したとの認定が可能のようである。

(二)  また、甲第二号証の七、第七号証及び証人矢萩の証言によれば、亡隆視、原告村山及び同市川は、事故直後救急隊により病院に運ばれたこと、その後現場での警察の呼びかけに応じ、矢萩及び富田の両名が目撃者として名乗り出たこと、警察は右両名の供述に基づき、安斎車が赤信号を無視して本件交差点に進入したものと判断したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  しかし、証人矢萩の証言は、乙第八号証の一ないし八、第九号証及び証人佐藤雅孝の証言に照らすと、安斎車を最初に発見したときの安斎車の位置、走行状態について不明確な点があるし、乙第一六号証に照らすと、矢萩が事故直後、富田と前後して交差点の反対側にタクシーを移動させる際に見たという消防車の到着時間との関連で明らかに矛盾があり、ひいては、事故当時矢萩が現場にいて事故を目撃したのか否かという疑問を生じさせることになる。

また、前掲甲第二号証の五(富田供述録取書)についても、矢萩証言の右矛盾が富田供述の信用性を減殺させることになりかねない(なお、富田は本訴係属中に既に死亡しており、証言を得ることはできない)。

(四)  そして、前掲甲第二号証の四(村山供述録取書)及び原告村山本人尋問の結果は、相手当事者が死亡している本件事案においては、一応留保づきの信用性を与えておくのが相当であろう。

3  原告村山の赤信号無視の事実を裏づける証拠は存しない。なお、証人千代田康裕の証言中には、原告市川が村山車の進行方向の対面信号が赤であつたと発言した旨の供述部分があるが、原告市川本人尋問の結果に照らすと、措信することはできない。

4  甲第七号証及び第九号証によれば、安斎車及び村山車の走行していた道路の制限速度は、いずれも毎時四〇キロメートルであること、村山車は衝突直前にブレーキをかけていることが認められ、このことと前記村山車の走行速度(等々力鑑定による)とを総合すると、村山車は時速約五二キロメートル(即ち毎時約一二キロメートルの速度違反)で本件交差点に進入したことが認められる。そして、右速度違反と事故発生との関連性は否定することはできないし、制限速度を遵守していても事故の回避が不可能であつたと認めるに足りる証拠もない。

5(一)  以上によれば、安斎車が赤信号を無視して本件交差点に進入した蓋然性は相当高く(もつとも、多少の疑問は残る)、また、制限速度が四〇キロメートルのところを前記認定のとおり時速約八〇キロメートルで走行したのであるから、亡隆視には過失があり、従つて、安斎車についての免責の主張は失当である。

そして、亡隆視の両親である原告幸吉及び同イトヨは、亡隆視の民法七〇九条による損害賠償債務を法定相続分に従い、二分の一ずつ相続により承継したことが認められる。

(二)  他方、村山車についても、少なくとも前記の速度違反があるから、原告村山に過失がなかつたとは認められず、従つて、村山車についての免責の主張も失当である。

三  過失相殺について

1  信号機の設置された交差点における出合頭の衝突事故について、どちらが赤信号を無視したかを証拠によつて認定することは困難な場合が多い。というのは、この種事案においては、目撃者がいることが少ないこと、双方の主張が正反対になることがあること、当事者の一方又は双方が死亡する場合があること(特に、一方当事者死亡の場合には、いわゆる死人に口なしの状態となる)等の事情から、事実の確定が困難となるからである。

2  ところで、過失相殺の問題に関し、被害者の赤信号無視の事実が認定されれば、原則として過失相殺率一〇割(免責)となるが、右事実が認定できなければ過失相殺はできないという議論がある。しかし、前項のような事実の確定が困難な事案において、過失相殺率が原則として一〇割か零かという判断は問題のあるところであり、当裁判所は以下のとおり考える。

3(一)  まず、客観的な立場の目撃者がいる等証拠上被害者の赤信号無視の事実を充分認定できる場合は、右事実を前提として、加害者の速度違反や前方側方注意義務違反等の事情があればそれを加味して過失相殺率を決定することになる。

(二)  逆に、双方当事者が死亡し(或いは供述不能の状態となり)、目撃者もいない場合は、純粋に事実の確定が不可能であるから、立証責任の分配に従い、過失相殺はできないことになる。

(三)  問題は、証拠上ある程度の蓋然性をもつて事実認定が可能と思われるが、なお真偽不明の部分もあり、判断が困難な場合である。例えば、双方当事者の主張が相反する場合や目撃者がいても供述内容があいまいである場合がこれにあたる。また、一方当事者死亡の、いわゆる死人に口なしの場合もこれに入る。というのは、双方生存していれば相反する主張をすることも考えられ、生存当事者の供述の信用性だけで過失相殺一〇割か零かに分かれるのは合理的でないと思われるからである。

(四)  そして、証拠上ある程度の蓋然性をもつて事実認定が可能と思われるがなお真偽不明の部分が残る場合は、真偽不明の部分については、加害者の不利益に帰するものとして、その限度では過失相殺をしないとすることが考えられる。

このことは、民法七二二条二項が「裁判所は損害賠償額を定むるにつき被害者の過失を斟酌することを得」と規定するのみで、いかなる場合にどの程度斟酌するかは当該裁判所の裁量に委ねられていること、また、過失相殺(その基礎事実)の立証責任は加害者が負担するとされていることと理論的に整合するものである。

そして、この考え方によれば、一方当事者死亡の、いわゆる死人に口なしの場合でも、原則として一〇割か零かではなく、中間的な割合の過失相殺をすることが可能となろう。

4  そこで、本件事故について検討すると、前記のとおり、亡隆視の赤信号無視を裏付けるような証拠も多く、その蓋然性は相当高く、また速度違反の事実もあること、もつとも、信号の点についてはなお一部の疑問も残ること、村山車にも速度違反があることを考慮して、亡隆視側の損害については、過失相殺率は七割が相当である。

他方、前記のとおり、原告村山の赤信号無視の蓋然性は低いこと、本件交差点に進入する際毎時約一二キロメートルの速度違反があり、事故の一因として看過できないことを考慮すると、原告村山側の損害については、過失相殺率は一割が相当である。

四  権利侵害について

1  甲第一〇号証、第一一号証、第一五号証、第一六号証、証人宮澤行宏の証言及び原告村山本人尋問の結果によれば、第一事件請求の原因3(一)(原告村山の傷害及び後遺障害)、同(二)(村山車の破損)の各事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  第二事件請求の原因3(亡隆視の死亡及び安斎車の破損)の事実は当事者間に争いがない。

3  丙第一二三号証、第一二五号証、第一二六号証及び原告市川本人尋問の結果によれば、第三事件請求の原因3(原告市川の傷害及び後遺障害)の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

五  損害について

1  原告村山の損害

(一)  入院治療費 金一〇三万三八三六円(甲第一〇号証、第一一号証及び原告村山本人尋問の結果により認める)

(二)  通院治療費 金一一万八八〇八円(甲第一八号証及び同尋問結果により認める)

(三)  妻の付添看護費 金六万三〇〇〇円(甲第一三号証及び同尋問結果により認める)

(四)  入院雑費 金一一万四八〇〇円(甲第一〇号証、第一一号証及び同尋問結果により認める)

(五)  通院交通費 金三万一七二〇円(甲第一二号証及び同尋問結果により認める)

(六)  休業損害 金一〇二万二四八八円(甲第一四号証の一、二及び同尋問結果により認める。ただし、一日あたり金一万一一一四円、九二日分)

(七)  後遺障害による逸失利益 金三七万七一四三円(甲第一四号証の一、二、第一六号証及び同尋問結果により認める。ただし、一日あたり金一万一一一四円、喪失率五パーセント、二年分、係数一・八五九四)

(八)  慰藉料 金一四〇万円が相当と認める。

(九)  過失相殺

右(一)ないし(八)の損害額を合計すると金四〇七万一七九五円となる(以上の各認定を覆すに足りる証拠はない)ところ、前記判示のとおり一割の過失相殺をすると、金三六六万四六一五円となる。

(一〇)  損害のてん補 金二六六万八八四六円(当事者間に争いがない)

(一一)  弁護士費用 金一〇万円が相当と認める。

(一二)  認容額 金一〇九万五七六九円となる。

2  原告会社の損害

(一)  車両損害 金五二万円(甲第一七号証及び証人宮澤行宏の証言により金五二万円以上と認める)

(二)  休車損害 金二四万八〇〇〇円(甲第一七号証及び証人宮澤行宏の証言により認める)

(三)  過失相殺

右(一)及び(二)の損害額を合計すると金七六万八〇〇〇円となる(以上の各認定を覆すに足りる証拠はない)ところ、前記判示のとおり一割の過失相殺をすると、金六九万一二〇〇円となる。

(四)  弁護士費用 金七万円が相当と認める。

(五)  認容額 金七六万一二〇〇円となる。

3  亡隆視の損害

(一)  逸失利益 金二九三五万二二四一円(原告幸吉本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により認める)

(二)  慰藉料 金一一〇〇万円が相当と認める。

(三)  過失相殺

右(一)及び(二)の損害額を合計すると金四〇三五万二二四一円となるところ、前記判示のとおり七割の過失相殺をすると、金一二一〇万五六七二円となる(仮に、逸失利益の算定につき昭和五六年賃金センサスを用いた場合の金三三五五万一五六〇円と慰藉料金一一〇〇万円を基礎とすると、過失相殺後の金額は金一三三六万五四六八円となる)。

(四)  損害のてん補 金一四〇〇万円(当事者間に争いがない)

(五)  以上によれば、亡隆視の人的損害については、既にてん補済であると認めることができる。

4  原告幸吉の車両損害

主張の損害額を認めるに足りる証拠はない。

5  原告市川の損害

(一)  治療費

(1) 既てん補分 金一二〇万七二八五円(損害のてん補額として当事者間に争いがない)

(2) 未てん補分 金六万七五四二円(丙第一号証ないし第二二号証及び原告市川本人尋問の結果により認める。ただし、下田病院分及び東京医科大学病院分は未てん補か否か疑問があるから除く。)

(二)  交通費

(1) 昭和五五年一月一九日から同年八月末日まで 金一六万四九六〇円(丙第九七号証ないし第一二〇号証及び同尋問結果により認める。ただし、第一〇〇号証分は相当因果関係がない。第一〇三号証中の金八二九〇円につき金六一〇円の限度で認める。第一〇五号証中の金八二九〇円につき金六三〇円の限度で認める。第一一一号証分は金六三〇円の限度で認める。)

(2) 同年九月一日以降 金七万四五八〇円(丙第三〇号証ないし第四二号証及び同尋問結果により認める。ただし、第三七ないし三九号証については各金七四〇円の限度で認める。)

(三)  雑費及び謝礼 合計金三万八八〇〇円(丙第四三号証ないし第六九号証、第一二六号証及び同尋問結果により認める。ただし、雑費一日あたり金八〇〇円)

(四)  妻の付添看護費 金一〇万八〇〇〇円(丙第七〇号証及び同尋問結果により認める。ただし、一日あたり金三〇〇〇円)

(五)  休業損害 金三三六万五六八七円

(1) 基礎収入 月額金三〇万六二五〇円から主張の必要経費三割を控除した額(丙第七一号証ないし第七三号証及び同尋問結果により認める)

(2) 事故による減収 事故後昭和五五年一二月末まで(約一一・五月)は一〇〇パーセント、昭和五六年一月から七月までは症状に照らして六〇パーセントとみるのが相当である(丙第一二五号証ないし第一二七号証及び同尋問結果によりこれを認める)。

(3) 計算式 306,250×(1-0.3)×(11.5+7×0.6)=3,365,687

(六)  後遺障害による逸失利益 金七五三万三八二三円

原告市川の後遺障害が自賠責保険において一一級の認定を受けたことは当事者間に争いがない。

前記収入を基礎に逸失利益を計算すると、次のとおり金七五三万三八二三円となる。なお、原告市川は昭和一六年一月八日生まれである(丙第一二号証により認める)。

306,250×(1-0.3)×12×0.2×14.643=7,533,823

(七)  慰藉料 金三四〇万円が相当と認める。

(八)  弁償金

原告市川主張の弁償金は本件事故と相当因果関係のある損害とは認め難い(原告市川が就労できなかつた点は休業損害として評価済であるし、代人が就労したのであれば、それ本来、プロダクシヨンから賃金が支払われるべきである)。

(九)  損害のてん補 金一〇八八万五二一五円(当事者間に争いがない)

(一〇)  認容額

右(一)ないし(七)の損害額を合計すると金一五九六万〇六七七円となる(以上の各認定を覆すに足りる証拠はない)ところ、右金額から(九)の金額を控除すると、残額は金五〇七万五四六二円となる。

六  結論

1  原告幸吉は、原告村山に対し前記金一〇九万五七六九円(その二分の一にあたる金五四万七八八四円の限度で原告イトヨと連帯)、原告会社に対し前記金七六万一二〇〇円の二分の一にあたる金三八万〇六〇〇円、及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年五月三日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

2  原告イトヨは、原告村山に対し前記金一〇九万五七六九円の二分の一にあたる金五四万七八八四円(原告幸吉と連帯)、原告会社に対し前記金七六万一二〇〇円の二分の一にあたる金三八万〇六〇〇円、及び右各金員に対する右昭和五六年五月三日(原告イトヨに対する関係では訴状送達後)から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

3  原告会社及び原告幸吉は各自、原告市川に対し、前記金五〇七万五四六二円及び右金員に対する本件事故の日である昭和五五年一月一九日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

4  原告村山、原告会社及び原告市川の各請求は、以上の限度で理由があるから正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却する。

5  原告幸吉及び同イトヨの請求は、いずれも理由がないから失当として棄却する。

6  民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

別紙図面

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例